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BOOK

僕たちはファッションの力で世界を変える-ザ・イノウエ・ブラザーズという生き方-

著者: 井上聡&清史
取材・執筆: 石井俊昭
出版社: PHP研究所

タイトルだけ見れば、“なんと大袈裟な……”と思うかもしれない。
しかし、彼らは言う。「どこかで、誰かが苦しまなければならないビジネスなんていらない」と。 デンマークで生まれ育った井上聡と清史は、異国で暮らす外国人として、幼いころから差別や偏見と闘ってきた。そして、南米の中央アンデス高地で素晴らしいアルパカ繊維に出合うと同時に、それを飼養する先住民たちの過酷な労働環境や、極度の貧困に苦しんでいる様子を目の当たりにし、彼らをエンパワーメントしていくことを決意する。そんな井上兄弟の原動力になっているのは、常に身の周りに存在していた不公正や不条理に対する怒りと、子ども時代から育まれてきた反骨精神だ。

井上兄弟の言動には、“僕たちの小さな世界”をも変えてしまうパワーがある。本書には、「ザ・イノウエ・ブラザーズ」のこれまでの歩みだけではなく、“心”と“情熱”と“友情”とあなたへのメッセージが込められている。「夢とは?」「正義とは?」「常識とは?」「幸せとは?」「生きるとは?」。青臭いこれらの言葉を、達観したように見過ごすことは容易い。しかし、問題をやり過ごすだけで本当にいいのだろうか? 僕たちは、幸せとはなにかについて本気で考えたことがあったろうか?

予測不能な激動の世の中で未来への指針が見つからずに不安を抱いているあなたに、そして“自分の 世界を変えたい”と願うすべての人に、ふたりの生き方は大きなヒントを与えてくれるに違いない。

掲載内容

国籍や人種、宗教や信条を超えて、確固たるスタイルで自らを表現し、同時に自分たちのビジネスに関わる人すべてを幸せにしたい、という井上聡と清史。「どこかで、誰かが不幸になるビジネスなんていらない」「僕たちはファッションの力で世界を変える」。青臭い理想論とも捉えられがちな彼らの言葉ですが、ふたりは実際にこうした生き方を貫き、そのためには勇気と希望が大切だと語ります。毎日の生活に 追われ、夢見ることを忘れてしまったわたしたちに必要なのは、こんな“純粋で、真っ直ぐな”気持ちなのではないでしょうか? 本書には、井上兄弟から現代を生きる人たちへ向けた、“生き方”“働き方”“人生の捉え方”に関するポジティヴなメッセージが詰まっています。

第1章 ザ・イノウエ・ブラザーズの誕生
第2章 ソーシャル・アントレプレナーの苦悩
第3章 差し込んだ希望の光
第4章 いかにして井上兄弟は生まれたか
第5章 迫られた決断
第6章 覚醒のとき
第7章 “ニュー・ラグジュアリー”という革命
第8章 “世界一”のアルパカセーターができるまで
第9章 終わらない旅
・ 母の記憶|井上さつき
・ あのとき、あの瞬間|井上聡&清史
・ ふたりの羅針盤|偉人たちの言葉
・ 現実を突き破る、17の箴言|井上聡&清史

¥1,800

THE INOUE BROTHERS… (ザ・イノウエ・ブラザーズ)

デンマークで生まれ育った日系二世兄弟、井上聡(1978年生まれ)と清史(1980年生まれ)によるファッションブランド。 2004年のブランド設立以来、生産の過程で地球環境に大きな負荷をかけない、生産者に不当な労働を強いない“エシカル(倫理的な)ファッション”を信条とし、春夏は東日本大震災で被災した縫製工場で生産するTシャツ、秋冬は南米アンデス地方の貧しい先住民たちと一緒につくったニットウェアを中心に展開する。さまざまなプロジェクトを通して、世の中に責任ある生産方法に対する関心を生み出すことを目標にしている。聡はコペンハーゲンを拠点にグラフィックデザイナーとして、清史はロンドンでヘアデザイナーとしても活動。そこで得た収入のほとんどを「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の運営に費やす。
theinouebrothers.net

取材・執筆/石井俊昭

1969年生まれ。青山学院大学卒業後、アシェット婦人画報社(現ハースト婦人画報社)などを経て、2000年にコンデナスト・ジャパン入社。『GQ JAPAN』編集部にてファッション・ディレクター、副編集長を務める。2014年に退社し、フリーランスとして独立。井上兄弟とは2012年末に仕事を通じて知り合い、以降さまざまなメディアで彼らの活動をリポートする。本書の執筆のために、約2年かけて国内外を取材。

SUMMARY文: 石井俊昭

ふたりの兄弟を乗せた車は、天空に向かって延びる道をひたすら走り続けていた。アルパカの放牧地帯は、標高4000メートルを超える中央アンデス高地にある。この一帯は、朝はマイナス15度、日中はプラス10度と、1日のなかで寒暖差が25度にもなる日が珍しくない。

ふたりは日本人の両親のもと、デンマークのコペンハーゲンで生まれ育った。兄の聡はコペンハーゲンを拠点にグラフィックデザイナーとして、弟の清史はロンドンでヘアデザイナーとして活動している。彼らは2000年代初頭の“ソーシャル・デザイン”のムーヴメントに刺激され、2004年にアートスタジオ「ザ・イノウエ・ブラザーズ」を設立した。

僕が彼らと出会ったのは、2012年の末だった。そのとき「アンデスに暮らす先住民の血をひく人たちと一緒にアルパカセーターをつくっている」と言い、「ファッションの力で社会にポジティヴなインパクトを与えたい」と熱っぽく語るのを聞いて興味をもった。
その壮大ともいえるミッションを抱いたのは、初めてアンデス地方を訪れた際に受けた衝撃がきっかけだったという。アルパカ繊維の素晴らしさに感動する一方、それを飼養する牧畜民たちの過酷な環境を目にしたのだ。しかもその重労働に従事する人たちにとって、アルパカの毛を売ることが生計を立てるための唯一の手段だった。そして多くの人たちが貧困に苦しみ、尊重されないことに悩んでいた。だからこそ、自分たちが公正な手段で現地に利益を還元する仕組みをつくり、エンパワーメント(自信を与える)していく。そう決意したのだ。

幼いころ、デンマークでいじめの標的になり、人種差別の不条理に苦しんだ。社会変革に情熱を傾け、生涯をかけて世の中の不公平と闘い続けるアクティビストへの憧れは、思春期に亡くなった父親から植え付けられた。そして、大好きだったブランドが委託する東南アジアの工場で、低賃金労働や児童労働、強制労働などが発覚したことで、グローバリゼーションによる大量生産・大量消費社会に疑問を抱き、それがいつしか不条理や不公平な社会に対する反発心や反抗心を育てていった。社会貢献といえば聞こえはいいけれど、それとは少し違う怒りに近い“なにか”の感情が、体の内側からふたりを突き動かしているんだ、と思う。

標高が4000メートルを超えたあたりからフワッとした感じが続いたと思ったら、途端に息が苦しくなった。高山病の症状だ。途中、湖のほとりを抜けると、だだっ広い湿地帯を、野生のビキューナの群れがかけていった。快適に走れた道路は最初だけで、あとはほぼ未舗装の悪路だった。まるで、世界の果てにでも向かっているかのような気分になった。車に揺られること7時間。ようやく目的地のパコマルカ・アルパカ研究所に到着した。パコマルカ研究所は、最新の科学技術と獣医学をもとに、純血度の高いアルパカ育成の活動を続け、アルパカ繊維の品質向上に努めている。さらに、この地方の民族文化を保護し、再生するサスティナブルな環境をつくる活動にも積極的で、先住民たちの生活水準を引き上げるための教育や支援も行う実験農場でもある。初めてアンデスを訪れてから4年。ずっと手探り状態で服づくりを続けていたふたりの運命を大きく変えたのは、ここの所長だったアロンゾ・ブルゴスさんとの出会いだった。アロンゾさんの指導のもと、ふたりは中間マージンを極力カットし、消費者にはよりリーズナブルな価格で製品を提供して、生産者により多くの利益をもたらすことのできる“ダイレクトトレード”と呼ぶやり方に取り組む。アンデスの牧畜民と売場を、直接つなごうとしたのだ。どんなに大変であっても、顔の見える相手と一緒に信念を分かち合い、責任をもってこのプロジェクトをやり遂げる。そう思い定めたとき、ずっとぼんやりとしていた視界が、急にクリアになった気がしたという。

こうしてパコマルカ研究所と協力して、2年がかりで世界でも類を見ない高品質のアルパカウール素材“シュプリーム・ロイヤルアルパカ”を完成させる。これは純血アルパカのファーストカット、セカンドカットからしか採れない素材で、わずか17~19マイクロン(繊維の太さを計る単位)ほど。トップメゾンが使用するベビーアルパカが21~23マイクロンであることを考えると、世界最高峰の品質といえるだろう。さらに、絶滅寸前にまで追い込まれていた黒いアルパカを、広大なアンデス中を探し回って見つけ出し、世界で初めて一切染めていないナチュラルブラックのアルパカ製品を世に送り出した。これは、完成までに3年を費やしている。

時代が猛スピードで動いて、ものごとの価値がどんどん変わっていくなか、ふたりの活動は恐ろしくアナログでスローに感じられるかもしれない。でも、変わらないことや変えてはいけないことはきっとある。そのひとつが土地に根差した文化や伝統なのだろう。だからこそ、そこに新しい価値を吹き込む「ザ・イノウエ・ブラザーズ」のものづくりには幸せの連鎖を生むストーリーが存在する。
この地方を訪れると毎回、必ず高山病の頭痛やめまいと闘いながら、何時間もかけてアルパカと生きる牧畜民たちに会いに行く。車の中でふたりは「別に、善いことをしているつもりはないんだ」と言った。ここに暮らす人たちは貧しくても笑顔を絶やさないし、子どもたちは元気に外を走り回っている。初めてそれを目にしたとき、ふたりはそのたくましく生きる姿に圧倒された。本当の豊かさとはなんなのか。自分たちが当たり前だと思っていた価値観が揺らいだという。

だからこそ、彼らと一緒に仕事をして、その正体を知りたいと思った。「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の活動は、ふたりにとって幸せの答えを探し続ける旅でもあるのだ。

僕たちはファッションの力で世界を変える
-ザ・イノウエ・ブラザーズという生き方-

¥1,800