旅と観光

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旅と観光
僕はもともと観光にはあまり関心がなかった。

しかし、コロナ禍の少し前、新婚旅行という名目で立て続けに香川と台湾へ出かけたことがきっかけで、観光に対して少なからず関心を抱くようになった。

観光批判で有名なダニエル・ブーアスティンという人は1962年の著書『幻影の時代』の中で「旅は本物に触れるからいいが、観光は本物に触れないからだめだ」という旨の指摘をしている。

もともとの僕の観光に対する無関心は、ここで言われている「本物への触れなさ」から来ているように思う。

確かに観光というのはとても退屈な現象かもしれない。なぜなら観光客は観光地についてあらかじめほとんどの事を知っているからだ。例えば観光客は富士山がどんなものかだいたい知っている。しかしそれを確認するためにわざわざ富士山を見に行くのだ。

過去の僕は極端な話グーグルストリートビューとささやかな想像力さえあれば観光は事足りると思っていた。

では「本物に触れる旅」とはどういったものか。

僕が理想としていたその旅とは、単身で秘境を訪れ苦難を乗り越えて自分を見つめ直すような、いわゆるバックパッカー的な旅のことだった。

しかし、もはや仕事に就き家庭を持った僕にはその「本物に触れる旅」を実現することは不可能に近い。いや、そもそもそんな旅を実現できるのは時間ときっかけに恵まれ、それ相応の行動力を持った一部の限られた人のみだ。僕は「どうせ観光なんかしても無意味だ」と捨て鉢になってしまっていたのである。

では本当にダニエル・ブーアスティンが言ったように「観光は本物に触れないからだめ」なのだろうか。

現在の観光業の基礎を作ったトマス・クックという人がいる。彼は鉄道を利用した世界初の団体旅行の企画者であり、1851年の第1回ロンドン万国博覧会へ16万人もの観光客を送り込んだ。彼は「自分は利益のためだけに仕事をしたことはない」と公言している。彼は観光を通じて人々に学びを与え社会をよくすることができると本気で信じた人物だった。

彼の生きた時代と今とでは大きく社会状況は異なる。しかし僕は今でも観光には多くの学びがあることを先日の新婚旅行で感じた。

近頃僕は車で行ける距離の温泉地に出かけるぐらいしか観光らしい観光をしていなかった、なので久々の遠出に大変苦戦した。事前の準備に四苦八苦しつつも、その過程で行き先の地理や名所や文化など、観光というきっかけがなければ関心を向けないことに自然と関心が向けられていることに気が付いた。

また、現地に行って美術館や飲食店など同じジャンルの店をいくつも回ったり、観光客向けの店と現地人向けの店を往復したりすることで相対的にその土地の特徴を知ることができた。

これは観光客という立場でしか感じることができないことだ。

帰宅してからもこの観光で得た学びを元に色々と検索したり関連する本を読んだり、明らかに観光に行く前と行った後の生活は変化した。

ストイックな旅人に比べれば観光客は多少軽薄かもしれない、でも軽薄だからこそ得られる学びもあるはずだ。

そう思うようになって僕は色々な土地へ行ってみたいと純粋に思えるようになった。

それから読んで感銘を受けた旅行に関する2冊の本を紹介したいと思う。


中国手仕事紀行 (雲南省・貴州省)

まず、僕たちのお店でもお世話になっている『みんげいおくむら』の奥村忍さんが書かれた『中国手仕事紀行』である。

民藝の買い付けで訪れた中国の民藝とその周りの人々や文化についてとても面白く綴られている。

全て面白かったが、中でもある土地で見つけた籠を日本に輸入する経緯は、中国の方の心情や中国と日本の違いが描かれていてとても面白かった。

僕の観光とは違い奥村さんの旅はとても奥深いものだが、本の最後に実用的なおまけが付いていて思わず奥村さんの旅路を追いかけたくなった。


PAPERSKY

次に『ペーパースカイ』という雑誌だ。「地上で読む機内誌」というコンセプトの旅行雑誌である。東京23区内のシンボルツリーをハイキングで巡る特集では、僕の全く知らない東京がいくつも紹介されていた。遠くへ出かけなくとも、今住んでいる街でさえ視点を変えれば新しい学びがたくさんあるのだと気付かされた。

思いがけない学びは秘境でなくてもたくさんある。

あまり考え込まず、軽い気持ちで出かけてみよう。
いつかそう言える日を待ち望んでいる。

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