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起き上がり小法師とオッのコンボ

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起き上がり小法師とオッのコンボ
僕は歴史好きだとは言えない。だって大河ドラマは一度もまともに見通したことがないし、〇〇藩は今の〇〇県というのもよく知らない。もっと言うと、実は都道府県の場所も半分ぐらいは大体でしか分からない。

僕はなぜか昔からこの手の物事を覚えようとしても、なかなか覚えることができない。ひょっとすると日本史の授業をろくに聞かず、資料集の全然関係ないところばかり見ていたことが原因なのではないかと思っているのだが、とにかく覚えられないのだ。

でも僕は決して歴史が嫌いという訳ではない。いわゆる歴史好きだとは言えないだけで、自分ではむしろ、ある意味では歴史好きなのではないかと思っている。

歴史と言っても、僕の好きな歴史は、その時歴史が動かないような、ちょっとだけ動くみたいな、なんと言うかもっと素朴な歴史だ。

身近な物事に関してちょっと調べてみて、足りない部分は想像で付け加えて、勝手に分かった気になって遊ぶのが僕は好きだ。

少し前、近所の民芸玩具屋で福島に古くから伝わる「起き上がり小法師」という人形を買った。親指の先ほどのサイズで、赤や青に塗られ、味のある笑顔が描いてあるとてもかわいい人形だ。

店主の話では、元は会津藩のお殿様が家臣に作らせていた物で、家族の数より一つ多く買うと縁起が良いという言い伝えがあるそうだ。

そして最後に店主は、不思議なことにこれにとてもよく似た人形が、遠く離れた鹿児島でも作られていて、言い伝えまで一緒なんですよと教えてくれた。

聞いてすぐは、確かに不思議だなと思っていたが、時間が経つにつれ、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。

そこへ同僚の明石くんが、鹿児島出張のお土産で、このよく似た人形というのを買ってきてくれた。

大きさや絵柄は少し違うが、確かによく似ている。包には「オッのコンボ」と書いてある。「オッのコンボ」って何なのだろう。すごく魅力的な言葉だ。「ッ」の位置や、ひらがなとカタカナの混ざり方が、知っている言葉とまるで違う。

何のことかと調べると「起き上がり小法師」が訛ってこう呼ぶようになったらしい。なんだか僕はこの人形のことが猛烈に気になり始めた。

やっぱり考えてみれば、福島と鹿児島という遠く離れた土地で、見た目から言い伝えまでこんなにもそっくりな人形が作られているなんてとても不思議だ。

それからいろいろと調べてみたが、いかんせん素人調べなので、はっきりとしたことは分からなかった。

分かったのは、会津藩と薩摩藩は初め仲が良かったが、幕末に色々あるということ。

ここら辺に興味を持つと、本当の歴史好きに一歩近づくことができそうなものなのだが、僕はどうしてもちょっと違うところで盛り上がってしまう。

たしか、起き上がり小法師は、藩の財政を少しでも潤すため、お殿様が家臣に冬の内職として作らせたのが始まりとされていたはずだ。

ということはきっと、藩の政策会議的な場で、この人形についてお殿様や家臣の武士達が何かしら論を交わしたに違いない。

僕はそんな時のお殿様の気持ちを想像し、無駄に心配して、勝手に楽しくなる。

立派なお城の一室で、いかつい武士達が寄り集まり、藩の行く末について眉間にしわ寄せながら語り合っている。次の議題はついに、起き上がり小法師に関してだ。

大臣的な役割の家臣の一人が、藩の財政の困窮具合を一通り難しい顔で語り上げる。そして「これから先は殿からご説明を」とお殿様に話をふる。家臣達はうやうやしくお殿様に注目する。

この時、お殿様はさぞかし言い出しづらかっただろう。家臣とはいえ、こんなにもいかつい武士達に向かって、あんなにもかわいい起き上がり小法師を作れと命令するのだ。僕だったら言い出しづらいことこの上ない。

お殿様もきっとこの時ばかりは、着物の袂に入れてある何粒かの起き上がり小法師の試作品が、知らぬ間にカッコいい置物にでも変わってくれてはいないものかと願ったはずだ。

しかし袂を探っても、もちろん変わっている様子はない。意を決したお殿様は「諸君にはこれから冬の間、このようなものを作ってもらいたい」と言い、起き上がり小法師を家臣の武士達の前に放り出す。

畳の上に放られた数粒の起き上がり小法師は、一度倒れた後ひょこっと起き上がり、いかつい武士達にニコニコと微笑みかける。

お殿様もさることながら、こうなってくると、家臣達のことも心配だ。

家臣の武士達は、この会議の厳格な雰囲気と、差し出された人形のかわいさとのギャップに、思わず吹き出してしまわなかっただろうか。人は笑ってはいけない時ほど笑ってしまいそうになるものだ。僕だったら堪えきれない。

しかし吹き出せるはずはない。この時代の主従関係を甘く見てはいけない。お殿様を前にして笑うなどもってのほかだ。

家臣達は揺れる起き上がり小法師を眺めながら、必死に奥歯を噛み締める。お殿様は笑われてはなるまいと、ことさら厳しい顔をして厳格そうな雰囲気をかもす。会議の場は静まり返る。時折かすかに聴こえるのは、お殿様の荒い鼻息と、家臣達の歯ぎしりの音ばかりだ。

そんな彼らの苦悩を知らず、唯一気兼ねなく笑っていられたのは、畳に転がっている数粒の起き上がり小法師達だけだった。

根も葉もないただの空想だが、こうやって人間っぽく考えていると、遠い昔の出来事が急に身近に感じられてくる。

あのお殿様や家臣達が頑張ってくれたから、起き上がり小法師やオッのコンボは僕の元へやってきたんだと考えると、愛着もひとしおだ。

しかし、こんな余計な事ばかり考えてしまうので、会津藩がどこどこにあったということは、また覚えられずにいつしか忘れてしまうだろう。僕が本当の歴史好きになれる日は遠い。

藤雄紀

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