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酒は飲んでも飲まれるな

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酒は飲んでも飲まれるな
晩ごはんを食べようにも、これといった食材は無い。かと言って、買い物に出かける気力も無い。そんな時は布団にくるまって、ひたすらに惰眠を貪るぐらいしか、空腹を紛らわす方法は無かった。しかし、今ではそんな状況でも、手元のスマホを数分操作するだけで、ウーバーイーツが自宅にごはんを届けてくれる。

運ばれてきた弁当はまだ温かい。急いで包装を解き、がっついて食べる。ものの数分で、牛ハラミ弁当(大盛)は僕の胃袋の中に収められた。

あまりに呆気なかったので、ちょっと罪悪感のようなものを感じたが、知らぬふりをして「便利な世の中になったなあ」とわざわざ声に出して言ってみる。突然スマホが鳴る。画面に先程の配達員の顔写真と評価を求める通知が届いた。とりあえずイイネを連打しておいた。

つくづく便利な世の中になった。

娘が産まれて、今までとは比べられないほど写真を撮る機会が増えた。この調子だとすぐにスマホの容量がいっぱいになってしまう。そんな悩みをグーグルに相談してみると『みてね』というアプリを勧められた。無料で写真や動画をアップロードできる便利なアプリで、SNSのようなコメント機能も付いている。容量の節約になるばかりか、なかなか会えない家族の交流の場としても使える。

これだけでも便利極まりないのだが、さらに『みてね』には驚きの機能が備わっている。

使い始めて一月程経った頃、突然スマホが鳴った。見ると「みてねで思い出のアルバムを作りませんか?」と表示されている。試しに開いてみると「今まで撮り溜めた写真がアルバムに。一部500円から」

待て待て。いくらなんでも一部500円は安すぎる。以前、同人誌の出版のためネット製本を試みて、金額の高さに挫折した経験を持つ僕は、この良心的すぎる値段設定をかなり怪しんだ。しかし、何度見返しても、どこからどうみても、一部500円と書いてある。こうなったら頼んでみるしかない。もし、いや、かなりの確率で粗悪な物が届くだろうが、失敗してもたったの500円だ。

ニ日後、家のポストに見知らぬ郵便物が届けられた。プラスチックトレイにフィルムが貼られた生ハムの包装のようなパッケージ。全体的にオレンジ。べりべり剥がすと、そこには例のアルバムが入っていた。

無線綴じの綺麗な製本で、しっかりと厚みのある紙が使われている。画質も申し分ない。デザインも無駄がなく、とても感じが良い。いやはや僕の作った同人誌よりも遥かに良い出来だ。

アルバムの出来に喜びつつも、ちょっと敗北感のようなものを感じたが、気にならないふりをして、娘に「便利な世の中になりまちたね」と話かけた。娘は「あうあうあー」とのことだった。

とにかく、便利な世の中になった。
どう考えても便利だ。

しかし、どうしても心の底から良かったと喜べない自分がいる。ちょっと便利すぎて、どこか魔法っぽいというか。いつか大きなしっぺ返しが待っているのではないかという不安が常にある。

最近イヴァン・イリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』を読んで、その不安の理由がすこし分かったような気がした。

この本は『ホールアースカタログ』と共に、インターネット黎明期に大きな影響を与えた思想書として有名だ。簡単に要約すると「道具は使う物なのであって、道具に使われてはいけない」という内容だ(多分。間違ってたらすいません)。

よく言う「酒は飲んでも飲まれるな」というやつである。今の世はまさに、酒に飲まれて前後不覚という感じによく似ている気がする。そしてたいていの場合、その後には酷い二日酔いが待っている。僕はいつも真っ先に酒に飲まれるタイプなのでこんな状況がとても不安なのだ。

イリイチは、車とか学校とか医療制度とか、いわゆる支配的な道具を批判した。そして、それに変わる新しい道具として産まれたのがインターネットらしい。でも、今ではそんなインターネットも自立共生的(コンヴィヴィアリティ)な道具だとは、必ずしも言えなくなっているように思う。

まだまだ若輩者の僕でさえ、思え返せば、インターネットがまだそれほど支配的な道具ではなかった時代を知っている。少なくともこんなに便利ではなかった。

何かを調べようと思って検索してみても、いかにも怪しそうなサイトやブログがよく検索結果に並んでいしたし、ファイル共有なんて怪しさそのものだった。

でも、僕はそんな怪しさが嫌いじゃなかった。その怪しさの中で偶然出会う、異様な熱量のもの、知らない世界の話が好きだった。その頃インターネットはそれを探す道具だと思っていた。

今もきっとそういう異様なものは存在する。でも、あまりの便利さを前にちょっと見えにくくなってしまている。それが何となく、この酒に飲まれて前後不覚な感じを引き起こしているのだろうと思う。

今度から吉田さんと明石くんと一緒に「T-READ」というサイトでブログを書かせてもらえることになった。今の時代だからこそ、ブログというかたちで文章が書けることがとても嬉しい。せっかくブログを書くのだったら、あの異様な熱量のものを目指して書いてみたいと思う。是非読んでみてください。

藤雄紀

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