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Aloha Blossom

  1. 1 夏を好きになった日
  2. 2カラスの濡れ羽色「秀明黒」に染まる
  3. 310年目の夏を祝して
  4. 4Aloha Blossom Records
  5. 5WEZ写真展

夏を好きになった日

僕は夏が嫌いだ。理由は色々とあるが、まずは何といっても暑いのが嫌だ。
ただ立っているだけで暑い。重い荷物を運んだり、高いところに物を上げたりすれば、額や首筋から汗が滴ってくる。そう思って動きを止めると、かえっておさまるどころか、嘘みたいに汗は吹き出してくる。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。急いで会場の設営を終わらせないと、すでにお客さんがちらほらと集まり始めている。「おお、いらっしゃい」顔見知りのお客さんと、軽く挨拶を交わす。クーラーの効いた店内で涼むお客さん達を横目に、僕は機材の搬入を続けた。

僕は冬生まれなので、誕生日とクリスマスと正月が一気に押し寄せる。今の感覚で言うと、年2回のボーナスが、冬にまとめて貰えるようなもので、小さい頃の僕はそれを心待ちにして一年を過ごしていた。そこから最も遠い季節が夏であり、そういう意味でも、僕にとって夏は憂鬱だった。

僕の夏嫌いに拍車をかけるのが体育祭だった。赤組と白組が優勝を目指して競い合う。しかし、運動全般が苦手な僕は、それに貢献できそうな兆しが少しもなかった。普段は授業なんか真面目に受けない友人たちも、体育祭となると満更でもない様子で、本番が近づくにつれ、僕だけがだんだんと置いてきぼりにされていくような感覚だった。真っ先にこういう事を思い出してしまうので、やっぱり夏は嫌いだ。

学校行事で言えば、僕は合唱コンクールが好きだった。よく分からぬまま練習をして本番に挑んだ、始めての合唱コンクール。思えば人生初の大舞台だった。かなりの広さの市民ホールのステージに、立派な雛壇が組まれ、煌々とライトアップされている。想像以上の規模に、壇上に上がる足が震えた。目の前には何百人もの観客が、こちらを向いて座っている。緊張なのか興奮なのか、周りの音が遠くなり、目の前の指揮者の顔しか見えなくなった。顔面蒼白の指揮者が何とか指揮棒を振り、ピアノが鳴り、みんなが同時に息を吸う。最初の歌声が重なって聞こえた時、今まで感じたことのない高揚感が僕の全身を走り抜けた。

それから僕は歌を歌うのが好きになった。そんなに歌は上手ではなかったけど、歌う事自体が楽しかった。しかし、体育祭と違って、合唱コンクールは、一生懸命にすると笑われた。でもどうしても、僕はみんなで歌ったあの瞬間の空気が忘れられなかった。一部の人が注目される体育祭よりも、みんなであんな経験ができる合唱コンクールの方が、僕にとっては大切だった。だから僕は、毎年合唱コンクールでパートリーダーというのを引き受けるようになった。友達から笑われようが関係ない。高校も部活は合唱部を選んだ。

会場の設営は何とか間に合いそうだ。いつもはマネキンの立つ、通りに面したガラス張りのショーウィンドウ。そこへスピーカーやマイクを運び込んで、いささか質素ではあるが、なんとかステージと呼べる場所になった。店内の服は別の場所に移し、そこを観客席とした。もうすでに、所狭しとお客さんたちが並んで、ライブの開始を心待ちにしている。諸々の準備を終え、僕も会場に戻ろうと、シワにならないように脱いでいたアロハシャツを手に取った。

「アロハは素肌に羽織って、一つボタンを外すといいよ」アロハブロッサムを扱うようになって、初めに教わったのがこれだった。僕もみんなのように格好良くアロハを着こなしたい。そう思って、教えの通りにやってはみるが、胸元から覗く青白い肌と貧相な体つきが、どうしても不釣り合いに感じてしっくりこない。だから僕は必ずアロハの下にはTシャツを着ることに決めていた。

しかし、気付けばインナーのTシャツは汗だくで、ヨレヨレになって肌に張り付いている。さすがにこの上からシャツを羽織るのは気持ちが悪い。替えのTシャツなんて用意はない。僕は仕方なくTシャツを脱いで、始めて人前で素肌にアロハシャツを羽織った。やっぱりしっくりこない。そう思ったが時間がない。僕は気恥ずかしさを感じつつも、早足で会場へと向かった。

クーラーの温度は最低まで下げたはずなのに、店中は異常な熱気に包まれている。ライブ直前の緊張感がそう感じさせるのか、それとも人が多すぎて空調が効きにくくなっているのか、僕には判断がつかなかった。念のため空調の温度を確認しようと、僕はステージに背を向けた。その時、突然会場が湧いた。僕はとっさに振り返った。そこにはキヨサクさんの姿があった。

一転して、周囲の音がぴたりと止まった。僕はステージの上のキヨサクさんに釘付けになった。この時、僕は何となく合唱コンクールのステージを思い出していた。音と視界が狭くなる感覚があの時とよく似ていた。しばらくの沈黙ののち、息を吸う音。そして、太くて暖かい声が、僕の全身を震わせた。

ライブが終わって外へ出た。夏の夜風が、火照った体とアロハシャツの間を通り抜ける。冷たいレーヨンが、肌に当たって気持ちがいい。なるほどそういうことか。僕の夏の記憶に、この日の思い出が上書きされた。

僕が夏を好きになった日、かれこれもう7年前の話だ。